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福岡高等裁判所 昭和35年(ネ)352号 判決

控訴人 国

訴訟代理人 小林定人 外二名

被控訴人 株式会社佐賀銀行

主文

本件控訴を棄却する

控訴費用は控訴人の負担とする

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人は控訴人に対し金二九一、二六〇円と内金二六四、〇〇〇円に対する昭和三一年三月一日以降完済に至るまで一〇〇円につき一日三銭の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」旨の判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の提出援用認否は、控訴代理人において債務者が第三債務者に対して有する債権が差押えられた場合第三債務者が債務者に対し有する債権を自動債権として差押後相殺することの許されるためには、差押当時自動債権の弁済期が到来して相殺適状にあることを要する。差押後自動債権の弁済期が到来する場合は最早相殺をもつて差押債権者に対抗することを得ない。被控訴人主張の相殺は、控訴人が訴外会社の被控訴人に対する本件債権差押後になされたものであるから、控訴人に対抗し得ない事由といわなければならない、なお、昭和三一年三月二日預入れ弁済期同年七月三〇日の「さかえ」定期預金一口一、〇〇〇円一、〇〇〇口の債権についてはその後差押を解除したから、昭和三〇年一一月五日預入れの「さかえ」定期預金一口一、〇〇〇円一、〇〇〇口の債権から支払を求めると述べ、被控訴代理人において(イ)預金の特定は預金者及び預金名義人、金額、弁済期、名称によつてなされるものと解すべきところ、控訴人のなした債権差押通知書によると単に「定期預金二〇〇万円(昭和三二年二月二八日満期)」として差押債権の指定をしている。しかるに被控訴人が訴外会社に負担していた預金債務は、昭和三〇年一一月五日預入れ弁済期昭和三一年五月五日金額一口一、〇〇〇円一、〇〇〇口のさかえ定期預金(計一〇〇万円)及び昭和三一年三月二日預入れ弁済期昭和三一年九月二日金額一口一、〇〇〇円一、〇〇〇口のさかえ定期預金(計一〇〇万円)である。したがつて控訴人のなした債権差押は、右訴外会社の右二口の預金に対するものとしての効力を有しない。(ロ)差押債権を受動債権とする相殺の意思表示は、差押債権者に対しなすべきであるとしても、被控訴人は控訴人に対し昭和三二年二月四日相殺の通知をなしているから、被控訴人主張の相殺の意思表示は有効である。(ハ)被控訴人は訴外会社に対する本件貸付金につき、右両者間の手形取引約定により何時でも訴外会社が被控訴人に対して有する預金債権と相殺をなし得る特約をしていたので、右貸付金と預金との間には常に相殺適状が存していた、と述べたほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

一、訴外会社が被控訴人に対し昭和三一年九月二五日現在において、(イ)昭和三〇年一一月五日預入れ、無記名、第二回割増金附「さかえ」定期預金一口一、〇〇〇円一、〇〇〇口合計一、〇〇〇、〇〇〇円、元利金支払期日昭和三一年五月五日、(ロ)昭和三一年三月二日預入れ第四回割増金附「さかえ」定期預金一口一、〇〇〇円一、〇〇〇口合計一、〇〇〇、〇〇〇円元利金支払期日昭和三一年七月三〇日の定期預金債権を有していたこと、佐賀税務署収税官吏が同年九月二五日(改正前の)国税徴収法一〇条二三条の一第一項に基き、右債権を差押える趣旨のもとに(差押の形式内容については後記のとおりであるが)訴外会社の滞納税金、利子税、延滞加算税合計額を限度として差押え同日その旨並びに昭和三二年二月二八日までに右合計額相当を支払うよう被控訴人に通知したこと、訴外会社の滞納税金中法人税金一三二、三六〇円については同年四月二七日充当処理により消滅したこと、被控訴人が訴外会社に対し昭和三一年九月二五日現在において金二、七〇〇、〇〇〇円の債権を有していたことは当事者間に争がない。

しかして成立に争のない甲第一、二号証によると、訴外会社は昭和三一年九月二五日現在において、昭和三一年法人税(納期同年二月九日)金二六四、七二〇円、同法人税(納期同年八月三一日)金一三二、三六〇円、過少申告加算税一三、二〇〇円、滞納処分費一四〇円以上合計金四一〇、四二〇円を滞納していたことが認められ、控訴人は右金額を限度として前記債権差押をなしたものである。

二、被控訴人は控訴人のなした前記債権差押の効力を否認するので検討するに、成立に争ない甲第三、第四号証によると、本件差押通知書の債権者欄には協栄建設株式会社と表示され、差押債権欄には差押えらるべき債権の表示として「定期預金二百万円(昭和三二年二月二八日満期)」と記載され、本件差押調書の差押債権欄にも同様の表示がなされている。この表示と当事者間に争のない訴外会社の被控訴人に対する前記(イ)(ロ)の定期預金の内容と比較検討するとき、両者の弁済期が相異することはいうまでもないが、後者の定期預金が預入れ支払期日を共に異にする二口の債権であるに対し前者はこれを考慮に入れずして単純な一口の定期預金として表示している。したがつて控訴人のなした債権の差押は、訴外会社の被控訴人に対し有する前記定期預金(イ)(ロ)中のいずれを滞納税金の限度で差押えたのか不明であるという外はない。詳言すれば、例えば訴外会社は定期預金中差押債権の差押範囲外の部分を払戻しその他の処分をしようとしても(イ)(ロ)のいずれの定期預金が差押えられているか否か判断できないし、このことは支払義務者たる被控訴人又は訴外会社に対する一般債権者にとつても同様である。してみるとかように複数の債権ある場合に、各個の債権額より小額の部分を差押えるとき、複数の債権のうちのいずれかを指定せず漫然と複数の債権のいずれをも差押えたような場合は、差押えるべき債権の特定をなしたものとはいえず、債権差押の効力を生じないものといわねばならない。民事訴訟法五九六条は、債権者は差押命令の申請について差し押うべき債権の種類と数額を明示してこれを特定することを要するものと規定し、このことはとりもなおさず差押命令には債権の特定を明にすることを差押の効力要件の一としているものであり、国税徴収法一〇条、二三条の一その他これに基く法令中には民事訴訟法の右規定に類するものを発見できないが、滞納処分としての債権差押についても、ことの性質上民事訴訟法の右規定の精神をもつて律せらるべきものと解するを相当とする。控訴人が昭和三四年三月三〇日附をもつて前記定期預金中(ロ)の定期預金の差押を解除したことは成立に争ない甲第五号証によつて明らかであり、右解除はその頃適法に通知されたことが右甲号証によつて推認され、かくして差押債権の不特定はこの時に至り治ゆされ爾後特定するに至つたと認められるが、後記の如く当時既に右定期預金は相殺により消滅しているのであるから、右差押の一部解除による差押債権の特定は控訴人の本訴請求を理由あらしめるに足りない。

三、被控訴人が訴外会社に対し昭和三一年九月二五日現在において金二、七〇〇、〇〇〇円の債権を有していたこと前叙の如く当事者間に争がないところ、成立に争ない乙第一ないし第三、第五、第六号証に原審証人山田虎雄、岩永鉄雄の各証言を綜合すると次の事実が認められる。被控訴人は訴外会社との間に昭和三〇年八月三日乙第一号証記載内容の手形取引約定をなし右二、七〇〇、〇〇〇円の手形貸付をなしたものであるところ、右約定中の一項(第八条)として訴外会社が被控訴人に負担する債務は訴外会社が国税、地方税其の他公租公課金等の滞納処分を受けたときは弁済期が到来したものとする旨約定している。したがつて被控訴人は控訴人より前記のとおり本件定期預金債権につき債権差押通知に接したので(その有効無効はとも角として前記第八条の趣旨からみて右通知と同時に二、七〇〇、〇〇〇円の債権は弁済期が到来したものであり、右定期預金債権は冒頭に説示したとおりいずれも既に弁済期は到来していたものであるから、両債権は右差押と同時に相殺適状にあつたものといわねばならない。しかして被控訴人は右差押通知書の送達以後訴外会社と交渉し差押解除につき努力せしめ、訴外会社は滞納税金の納付に努めたが不能となつた。被控訴人はその間右二、七〇〇、〇〇〇円の債権につき手形を書き替えさせて(最後の書替手形の支払期日は昭和三二年一月二〇日)事実上取立を猶予して来たが、訴外会社の滞納税金の納付が見込薄となつたので訴外会社に対し昭和三一年二月四日頃右二、七〇〇、〇〇〇円の債権をもつて本件定期預金(イ)(ロ)の二口合計二、〇〇〇、〇〇〇円と対当額で相殺する旨の意思表示をしその旨控訴人にも通知した。

以上の認定事実によると控訴人主張の差押債権は右相殺により昭和三一年九月二五日にさかのぼつて消滅したものと認めるのが相当である。

してみると控訴人主張の差押債権は、差押が有効になされたと認められる当時は既に消滅し存在していなかつたのであるからこれが取立を求める本訴請求は理由がなく棄却を免かれない。原判決は当審とその理由を異にするが控訴人の請求を棄却した結論は相当であるから本件控訴は理由がない。よつて民事訴訟法三八四条八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中園原一 亀川清 小川宜夫)

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